自分の会社のレイオフがアナウンスされてから数週間経ちました。今のところ上司との1on1が設定される気配もないので、くぐり抜けられたのではないかと一安心しています、、、が多くの人が辞めていくのは辛いところ。特定の業界・ファンクションで、簡単にはつけづらいスキルを持った人が辞めていっているのを見ると、レイオフというのはポジション目線でしか考えていないんだな、、、と嫌な気分に。
そんな時に、他所様の会社のことを書くのもなんなのですが、まあ僅かばかりでも株主ではあったPear Therapeuticsが破産。
そしてたまたまLinkedinにPear TherapeuticsのCEOのポストも上がってきました。
このPear Therapeuticsという会社はreSETやSomrystという認知行動療法を利用してオピオイド依存症や不眠症を改善するアプリーいわゆるデジタルセラピューティクスを提供していました。これらはFDAにも承認されています。日本でいうとキュアアップが有名ですね。
しかしCEOのLinkedinポストの3段落目にもあるように、あまり保険償還の観点でうまくいっていなかったというのが現状としてありました。Payors have the ability to deny payment for therapiesのところです。
この記事によると医者が処方箋を書いても、約半分しか実際に保険会社への請求までまわらず、しかも20%しかPaymentされなかったということです。
なんでこんな事態になっていたか、医療機器のCoding, Coverage, Paymentの観点から考えてみます。
A. まずDTxの保険償還で使うためのCodingが決まるのが遅かった。
患者がダイレクトに使うような医療機器の場合、大きく3種類の保険償還方法が考えられます。
①薬と同じように保険償還 - Pharamcy Channel
②保険者から医者・医療機関に払われる支払い、いわゆる日本でいう技術料(CPTコードと呼ばれる請求コード)の形で支払う
③DMEと呼ばれる医療機器単体での支払いを請求する(HCPCSコードと呼ばれる請求コードを使う)
それぞれProConがあるのですが、②③の方法ではまずコーディングと呼ばれれる、請求の際に使われる支払いコードがないとそもそも使えず、近年までそのコードがDTxにはない状況でした。
②に関してはRemote CBTのCPTコードにて償還が可能になり、③に関してもようやくA9291, “Prescription digital behavioral therapy, fda cleared, per course of treatment” というコードが新設されました。
B. Codingが決まってもCoverageする保険者が少なく、またメディケアがカバーしないことが他の民間保険者も躊躇させていたかもしれない
上記の③の新しいコーディングはビッグニュースだったのですが、悪いこともありました。CMSがその決定の際に、「CMS believes that establishing a code at this time may facilitate options for non-Medicare payers to provide access to this therapy in the home setting.」というように、「このコードは民間保険者用ですよ=メディケアで使えるものではなく、メディケアは引き続き保険償還の対象としてみとめません。」と示してしまったのです。
比較的コンサバティブな保険業界においては、メディケアが保険対象とするか(カバレッジの対象とするか)は大きく影響を与えます。バイオジェン・エーザイのアデュヘルムがいい例です。
C. クリニカル・医療経済性のデータのサポートが(保険者向きとしては)足りなかったかもしれない。
Pearは比較的クリニカルデータ(臨床試験・リアルワールド等)を用意しており、その結果も素晴らしかったのですが、保険者のペインポイントにどこまで響いていたかというのは未知数です。
もちろん下の記事のように、支持する保険者もいたでしょうし、実際にいくつかの保険者は、Pearの製品の保険償還を開始していました。
Pear Therapeutics Was Ahead of Its Time | mddionline.com
しかしICERという医療経済性を評価する機関は必ずしも肯定的ではありませんでした。いくつかのポイントとしてランダム化比較試験でなかったことや長期のデータが見られなかった点を挙げています。
実はこの点は、自分の会社でも頭をひねることが多い点で、FDAがOKするデータと保険者がOKするデータの違いについて理解している人は案外少ないです。特に上市へのスピードも重視される・Configurationが時々刻々とアップデートされうる医療機器では、上市前の臨床データが案外少ない製品が多いです。医療機器の審査も510Kのように必ずしもデータが必要としないルートもあります。
これが製品の価格戦略とマッチしているといいのですが、価格引き上げを狙っているにもかかわらず、このような微妙なデータの状況でつっこむと、保険者からは手痛い反応が返ってきます。
ということで、残念ながらDTxの先駆け的存在だったPearは破産してしまいました。ただこれ自体は、アメリカでの保険償還戦略の重要さを伝えるケーススタディになったように思います。