この数週間でついにイーライリリーに続き、ノボノルディスクやサノフィといったインスリン(ブランド薬)メーカーが続々とインスリン価格を下げるという発表をしました。
この話、一見すると市場競争という名の下に高価格を維持していた製薬会社がついに米政府のIRA(Inflation Reduction Act)などを通した圧力に負けた、、、というようにも見えますが、個人的な見解としてはむしろ製薬会社としては歓迎するような面もあるのではないかと考えています。
○インスリンの価格高騰の一因はどこにあるのか?
そもそもインスリンの価格が高騰してきた理由の一つはPBM(Pharmaceutical Benefit Manager)と呼ばれる米国特有の中間業者の存在によるところがあるからです。
2021年に南カリフォルニア大学の研究チームが解析した結果を見ていきましょう。下図のように、2014年−2018年でリストプライス(いわゆる定価)は上昇しているものの、ネットプライス(定価からリベートやディスカウントを引いた実質的な製薬会社にとっての価格)やNetExpenditure(ネットプライスに流通業者の利益率だけを上乗せしたもの)はほとんど上昇しておらず、むしろネットプライスは下降しています。
では、インスリン価格の内訳はどうなっているのかというと、製薬会社(Manufacturer)や保険会社(HealthPlan)ではなく、次の図のようにPBMや薬局の取り分が大きくなってきています。
○なぜPBMは価格が高騰すると得をするのか?
PBMにはいくつかの稼ぎ方がありますが、一つにはリベートを製薬会社から引き出すことです。このリベートの一部は保険会社に還元されるのですが、PBMとしてはこのリベートが多ければ多いほど懐が潤います。
PBMはフォーミュラリーという薬のリストを医療保険会社に代わって管理しており、このフォーミュラリーに製品を載せられないとなると、そのPBMが代表している医療保険会社に加入している患者さんには、薬を流通できないことになります(アメリカでは日本のような公的保険は高齢者や低所得者層のみで、大部分は民間の医療保険に加入しなくてはいけません)。
なので、インスリンのような競争の大きい製品になると、製薬会社はリベートを多く支払ってでも、製品をフォーミュラリーに載せるインセンティブが働きます。そしてそのリベートの費用はリストプライスに上乗せされていくのです。
細かい話ですが、PBMはさらにDispensingFeeなるものを薬局でインスリンが処方されるたびに製薬会社に請求します。このあたりのところはこの記事に詳しいです。
結局製薬会社からすると、別に払いたくもないリベートを払っていたことで、価格が高騰し、世間や政府からの批判を受け、しかも価格の高騰&患者さんの窓口負担の増加で、本当にインスリンが必要な患者さんが必ずしもインスリンを使えないという機会損失を生み出していたわけです。
もちろん過去にはM&Aを繰り返して価格を釣り上げていた悪い製薬会社もいたのですが、ことインスリンに関して言えば少し違った見方もできそうです。
上記の記事以外にもこの辺を参考にしました。